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ビーフストロガノフやサラダ、コーンスープ、バターライスが並んでいる。すべて勢太郎の好物であり、テーブルの真ん中には真紅の薔薇が飾ってある。ころんと丸いグラスにとっておきのブランデーを注がれる。
「お誕生日おめでとう」
透子が言うと、少し照れたように勢太郎は微笑んだ。続いて吉原がおめでとうございます、と言うと、笑顔のままうん、とうなずいてブランデーを一口飲んだ。
「吉原、悪いな、つき合わせて」
「そんな、僕のほうこそ家族団欒におじゃましてしまって・・・・・・」
「お前はもう、家族みたいなものだろう」
勢太郎の意外な言葉に、透子は思わず顔を上げた。
「そんなこと、言うと思ってなかった」
「真剣につき合ってるんだろう?そう言ってなかったか」
「言った」
「じゃあ、間違っちゃいない」
吉原は親子の会話を黙って聞いていた。ここのところ、勢太郎と吉原の会話が減ったように感じるが、ひとたび絵のことになると、熱い談義が交わされる。透子と吉原がある「契約」のもとつき合っていることを、勢太郎は知る由もなかった。
「このブランデーはうまいな。行子さんのセレクトか?」
「旦那様、それは吉原さんが持ってきてくれたんですよ」
勢太郎は目を丸くして吉原を見た。
「そうなのか」
「はい。ささやかですが、お誕生日の贈り物に」
「よく俺の好みを知っていたな。透子に聞いたのか」
「ブランデーの好みなんて知らない。それは生が自分で選んで買ってきたの」
透子が口を挟むと勢太郎は、そうかそうか、と嬉しそうに笑った。愛弟子の心遣いとセンスの良さに、いたく満足しているように見えた。これを機会に、ぎこちない関係を修復しようとでもいうように、勢太郎は終始機嫌良くブランデーを煽った。
「旦那様、そろそろおやめなさいまし。飲みすぎですよ」
行子が見かねて制すると、瓶を揺らして「そうだな、飲み過ぎた」と勢太郎は素直に飲むのをやめた。同じペースでワインを飲んでいた吉原も手を止めた。
「悪いが今日は先に休む。・・・・・・いい誕生日だった」
行子に支えられ立ち上がった勢太郎は、満面の笑みで透子と吉原を見た。罪悪感を感じないではなかった。しかし、透子の決心は揺らぐことはなかった。
勢太郎が寝室に入って二十分が過ぎた頃、吉原は透子に言った。
「もしも途中で目を覚ましたら・・・・・・」
「覚まさない」
「どうして言い切れる?」
「・・・・・・飲んだのはブランデーだけじゃないから」
透子は睡眠導入剤を細かく砕いて、勢太郎専用の水差しに入れた。アルコールと相まって、勢太郎は明日の朝まで目を覚ますことはない。普段頭痛薬すら飲まない勢太郎には、少量でもよく効くことを透子は知っていた。
「大丈夫、体には影響ない。だから心配しないで」
「そういうことを心配してるんじゃない。本当にいいのか?」
「私は後悔しない」
「・・・・・・」
「生は? やめる?」
吉原は前髪をかきあげた。眉根をぎゅっと寄せ、ふう、とひとつ息を吐き出した。
「・・・・・・俺は・・・・・・」
言葉は出なかった。透子は吉原の背中に手を添えた。
「誰にもばれることはないわ。私と生、ふたりだけ。お墓まで持って行けばいい」
「そう・・・・・・だな」
吉原はどんよりと暗い瞳で、天井を見上げた。