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「也、おい、待てって!」
「すみません、すみません、ごめんなさいっ」
「待てって!止まれこら!」
「忘れてくださいっ、ごめんなさいっ」
「止まれっていってんだろが、ごらぁっ」
仁科先輩がヤンキーに戻った。シメられてしまう。俺は必死に逃げた。が、後ろから飛びかかられてそのまま前につんのめって転んだ。
やはり俺ごときでは元ヤンの運動能力にはかなわない。
「・・・ってめえ、逃げんなってつってんだろうがっ」
「痛だだだっ」
俺の上に乗っかった仁科先輩に、後頭部を一発、すこんと殴られた。
「お前はいつもそう!勝手なんだよ!言い逃げとかやり逃げとか!」
「やっ・・・やり逃げなんて・・・」
「これがやり逃げでなくてなんだっつーんだよ!」
もう一発、すこん、と殴られる。仁科先輩は立ち上がり、転がっている俺に手を伸ばした。
つい今し方、校門の柵を乗り越えた時のように。
「ほら」
俺は視線を合わせられないまま、先輩の手を取った。膝から下が土だらけだった。
「すみません・・・あの、さっきのは・・・」
「也仁!」
最後まで言い終わる前に遮られた。勝手にびくんと身体が跳ねてしまった。
仁科先輩はまたヤンキーモードに逆戻りした。
「てめえ、適当な言い訳すんじゃねえぞ・・・気の迷いだとか、事故だとか言ったらぶっとばすからな」
「え、あの・・・」
「・・・・・慰めようとしたんじゃねえのかよ」
「先輩・・・・・・」
「違うのか」
「・・・違わないです・・・けど・・・すみません、気持ち悪いっすよね・・・」
「・・・っおい!」
仁科先輩は俺の襟首を力一杯締め上げた。ヤンキーの腕力、衰え知らず。
「お前のそれは・・・わざとなのか、天然なのかどっちだよ!?」
「・・・へ?」
「あああ面倒臭えっ!!」
怒鳴ったかと思うと、仁科先輩は俺の顔をがしっと掴み、キスをした。
噛みつかれたかと思った。
歯も当たった。
まるで中学生のファーストキスのようだった。
息が出来なくなる寸前で、仁科先輩の唇が離れた。
「先輩・・・っ?」
どうしてこんなことが起こっているのかまだ理解出来ずにいた。キスされた喜びすら感じる間もなかった。
そして、仁科先輩はもう一度俺の顔に触れ、今度は優しく唇を重ねてきた。
少し厚めの唇と、先輩の大きな手の感触が同時に俺を浸食した。
煙草の匂いが鼻腔をかすめる。目を開けられなくても、すぐそばに先輩が感じられて、心臓がはちきれそうだった。
「也仁・・・」
二度目のキスの後、間近で先輩は俺の名前を呼んだ。
俺はもう、歯止めが効かなくなる予感がした。
目があったまま、互いに言葉を探した。俺は今日、確認しようと思っていた山口弓のことなど、頭の中からすっかり消え去っていた。
先輩は、俺から手を離し、こう言った。
「お前、俺のこと好きなんじゃねえの」
俺の身体の中でくすぶっていた何かに、小さな火がついた瞬間だった。
びっくりするぐらい、大きな声が出た。
「す・・・好き・・・です、好きですよ!ずっと・・・高校の時から、生徒手帳拾った時からずっと好きでしたよ!だけどそんなの無理だって思って、諦めようと思ってたのに!」
「・・・のに、なんだよ」
「俺が五十嵐の兄貴たちにボコられた時、先輩が・・・俺を助けに来てくれたのって・・・・・・偶然じゃなかったって・・・本当ですか」
「え・・・・・・」
「もし偶然だったんなら、今言ってください!そしたら俺諦め・・・」
下を向いたまま叫んでいた俺は顔を上げて先輩を見た。
息が、止まった。
仁科先輩は、怒ったように俺を睨みつけていた。
「偶然じゃ・・・ねえよ」
「先輩・・・・・・」
「あの頃はまだガキだったからよ・・・よくわかっちゃいなかった。でも、偶然じゃねえ。俺の意志であいつらぶちのめしに行ったよ。・・・で?」
「で?・・・って・・・」
「今度はお前の番だろうが。偶然じゃなかったら・・・どうすんだよ」
「俺は・・・っ・・・」
俺はどうしたかったんだ。
受け入れてもらえるなんて考えもつかなかったから、身体が震える。
先輩が、ふっと笑って言った。
「もう、好きでいいんじゃね?お互い」
先輩の笑顔が心に突き刺さった。
一度離れた身体をもう一度近づけたくて、俺は一歩進み出た。
先輩の手が伸びてきて、いつもしてくれるみたいに、頭をぽんと叩いてくれる。
俺と先輩は、真夜中の高校に忍び込み、今日三度目のキスを交わした。