メニュー
親友の仲村に食事に呼び出された。2人だと思って店に出向いたら、他にもメンバーがいた。
神崎誠は同じクラスだったが、あまり話したことはなかった。俺とは逆の、誰とでも仲良くなれるタイプ。遠慮がない、とも言える。
その神崎と結婚したという谷村友香は違うクラスで、顔だけは知っている、と言う程度の認識だった。
「無理矢理呼び出して悪いな。神崎が会いたいって言うからさ」」
「ああ・・・うん」
仁科先輩に会えなくなって3週間。正直落ち込んでいたし、仲村に飯に誘われた時は素直に嬉しかった。
が、蓋を開けてみたら神崎と谷村がいて、思わず顔がひきつった。相変わらず俺は人付き合いが苦手だ。
だからこそ仁科先輩だけは別格。
「葉山、久しぶり!なんか雰囲気変わった?」
「・・・そうかな」
「変わったよ!やっぱ東京行くと、垢抜けるって本当なんだな」
もし俺が変わったように見えるのなら、それは仁科先輩のおかげだと思う。あの人が受け入れてくれたことで、俺のこれまでの人生の傷をひとつづつ癒していくことが出来そうだと感じている。
食事は仲村が盛り上げ役になり、終始にぎやかだった。神崎と谷村の馴れ初めが最も盛り上がった。俺は興味がないことを気づかれないように、笑顔を作って懸命に相づちを打った。
「葉山は?浮いた話はないの?」
神崎に振られて、一瞬絶句した。五十嵐梨子とのことを知っている仲村がそれを拾って、うまく繋げてくれる。
「葉山はさ、帰ってきたばっかりで、今が一番仕事が大変な時なんだってさ。な?」
「あ、うん、そう・・・そんな感じ」
せっかく助けてくれたのに、間抜けな返答をしてしまった。神崎は気にする風でもなく、どんどん突っ込んでくる。
「いやいや、聞いたよ?五十嵐梨子と見合い、したんだろ?」
俺より先に仲村の顔が青くなる。この顔ぶれだと知ったとき、俺は何となく覚悟していた。焦る仲村の膝を軽く叩いて合図を送り、俺は答えた。
「その話は確かに出たんだけど、破談になったんだ」
「破談・・・?!」
「五十嵐とも話して、今はお互い普通に話せるようになってる」
仲村はそうか、そうか、と何度もうなづいた。神崎は、なんかごめん、と言ったが俺は笑って答えることが出来た。
「気にしなくていいよ。・・・過ぎたことだし」
「え、じゃあ、葉山くん今フリーなんだ」
谷村がさりげなく探りを入れてきた。やはり女性はこういうタイミングを図るのがうまい。
「フリーか・・・ここのところずっとフリーだけどね」
「そうなの?だれか気になる人いないの?」
俺はビールを喉に流し込んだ。気になる人?ずっと気になっていた人が、今でも気になり続けているよ。と、心のなかでつぶやいた。
「気になる人ねえ・・・」
「葉山くんさ、知らないと思うけど、こっち帰ってきたの結構噂になってたんだよ」
「・・・噂?」
「格好良くなって戻ってきて、ラソンさんのフロントに立ってるって」
勝手なことを。
高校時代のひょろひょろで暗い俺のことを覚えている人間なんか、それほど多くないはずだ。たまたま見かけた奴が適当に吹聴して回ったに違いない。
ふと、仁科弓の顔が浮かんだ。
「まあでも、ひとりって楽だよな。時間も金も全部自由に使えるしさ」
神崎が言うと、谷村がちょっと、どういう意味よ、と睨みを効かせた。
仲村が援護射撃に回る。
「わかる!結婚の幸せと引き替えに手放した自由、懐かしいなぁ」
谷村は苛ついた様子でテーブルを軽く叩いた。
「なんなのよ、それ、妻の前で言う言葉?」
「よく聞けよ、仲村は、幸せと引き替えにって言ったべ?そういうことだよ」
「何がそういうことよ」
神崎夫婦は結婚5年目だという。この程度の小競り合いはいつものことなのだろう。
谷村が憤慨した様子で言った。
「そんなに自由が欲しけりゃ離婚する?」
「えっ」
慌てた神崎に、仲村が爆笑する。どうやらこれもいつものことらしい。
身体を小さく丸める神崎に、谷村は呆れた声を出した。
「冗談」
「お前、いつもそうやって脅すのやめろや」
「誰が悪いのよ」
「・・・・・・・」
「まあ、こんな小さな町で離婚なんかしちゃったら、あっという間に広まっちゃって肩身が狭すぎるから、殺し合うぐらいの喧嘩でもしない限り、ないかな」
「怖・・・」
「だって、離婚はできても、再婚は難しいよ?同世代なんて半分は顔見知りだし、若い頃のことも知られてるのに、改めて恋なんて出来なくない?」
女性ならではの考えなのか、俺にはよく理解できない。
仁科弓の浮気の件で、とっとと離婚すればいいのにと思っていたが、彼女が先輩から離れようとしないのはそういう側面もあってのことなのか。
いや。
それは仁科夫婦には当てはまらない。
彼女は、一方的に先輩を裏切っているのだから。
俺はこの話を聞いて、彼らの間にある確執から遠く離れた場所にいることを自覚させられた。
結婚と離婚の話題でさらに盛り上がっている隙に、俺は煙草を吸いに店の外に出た。
この町唯一の繁華街の中心にある店だった。
外に出ると、飲んで出てきたサラリーマンや、それを送りに出てきた女の子たちが賑やかだ。俺は店と店の間の路地に入り、携帯灰皿と煙草を取り出した。
火をつけようとライターを探したが、テーブルに置いてきてしまったらしい。仕方なく戻ろうとしたときだった。
表の通りで、男の怒鳴り合う声が聞こえた。
正確には怒鳴っているのは一人で、ひどく酔っているようだった。
関わり合いたくない、と思いつつ表通りに出ると、やはり酒に酔った男がもう一人の男の襟首を掴んで、何やらやかましく叫んでいる。
煙草が俺の手から落ちた。
「せ・・・先輩っ!」
酔っぱらいに一方的にまくし立てられていたのは、仁科先輩だった。