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「え・・・」
飲み足りなかった、という感じではなかった。二人ともかなり酔っぱらっていたし、ついさっきまでそんな雰囲気ではなかったのに。
「新しく借りた部屋だから、まだ片づいてねえけど」
先輩は微妙な表情をしていた。
はっきり言ってこれは、誘われているのだと、鈍い俺でもわかった。
山口弓と別居を始めたから。
引っ越しをしたから。
どんな理由でもかまわなかった。
先輩は、続けて言った。
「俺、明日休み」
都会と違って、最終電車に乗らないと帰れない、ということはない。
俺は答えた。
「奇遇、ですね。俺も明日、休みです」
「気が合うな」
「そうすね」
行く、とも行かない、とも明確にすることもなく、俺と仁科先輩は歩き出した。
仁科先輩の新居は、そこから歩いて15分くらいのマンションだった。6階建ての4階。
築10年も経っていないマンションのエントランスは白い壁が眩しかった。先輩はそこで、北海道のおみやげの定番、小さな木彫りの熊のキーホルダーがついた鍵の束をポケットから取り出した。
「木彫りの熊、好きなんすか」
「あ、これ?いや、これは・・・」
じゃら、と音を立てて先輩は年季が入って黒ずんだ熊を顔の前に持ち上げた。
「高校の頃、修学旅行に行った先輩が、シャレで空港から買ってきた。道外行くって言ってんのに、わざわざ千歳で買って。ウケんべ?」
ヤンキーの先輩はヤンキー。仁科先輩を可愛がっていた先輩の顔は知らないが、くだらないことをして他人を笑わせる感覚は、きっと先輩自身によく似ている。
高校卒業後、そのキーホルダーを10年以上使い続けているのは好印象でしかない。
「なんかさ、可愛くなってくんだよ、ずっと持ってると。愛着っつーかさ」
熊を見る先輩の視線は優しい。
俺はふと、あることに気づいた。
「先輩」
「ん?」
「それ、くれた人って・・・・・・女すか」
先輩は、ぽかんと口を開けたまま静止した。まさか地雷?
3秒ほど間が開いて、先輩はあはははと大きな声で笑った。
「也」
急に手を引っ張られて、ちょうど降りてきたエレベーターの箱の中に俺は引きずり込まれた。
壁に押しつけられ、強引に舌で唇をこじ開けられた。
ゆっくり上っていく小さな箱の中で、唾液の絡まる淫らな音だけが響く。
このひとは、「抱く」と「抱かれる」の、両側面を持っている。
ポン、と4階に着いたことを知らせる音がした。解放されたのと同時にまた腕を引っ張られ、俺は先輩の部屋の前まで連れて行かれる。
もどかしそうに鍵を開け、電気のついていない玄関に引き込まれる。適当に靴を脱ぎ散らかし、ぐいぐい引っ張られるまま部屋の中に入った。
冷えた空気。積まれた段ボールはそう多くない。小さなテーブルと二人掛けのソファ、テレビと冷蔵庫。広めのワンルームに必要最低限の家具が置いてあった。一番奥の窓際に、シンプルなベッド。おしゃれなグレーのシーツに、真っ白い枕と掛け布団。
先輩は着ていたダウンコートをワイルドに脱ぎ捨てた。俺が脱ごうとする前に、コートは剥ぎ取られた。
互いの身体を爪が食い込むほど強く抱きしめて、しばらく濃厚なキスをした。
遠慮なく舌を絡め、そうしながら着ている服の中に手を忍び込ませ、身体中をまさぐる。
気がつくと、二人ともベッドの上にいた。
「・・・也仁」
耳元で先輩が囁く。
「さっきの、あれな。木彫りの熊」
「・・・はい?」
「女じゃねえよ。くれた先輩は、男」
「それはそれで、・・・・・・なんか腹立ちます」
「・・・・・・お前、可愛いなあ」
「可愛くなんかないです」
「可愛いって・・・・・・・っん・・・」
からかう先輩の首筋を強く吸った。顎を上げて、先輩が喘ぐ。
過去なんて知ったところでどうにもならない。でも今俺は、このひとに関わった全ての人間に嫉妬している。男も、女も。
長袖のTシャツをたくし上げ、先輩の胸に触れる。最初は指先で、それから唇と舌で。
先輩の手も、俺の服を脱がせにかかる。
乳首を口に含みながら、腰、そこからだんだんと下に手を動かしていくと、先輩がはあ、と息を吐き出した。
「おい・・・っ・・・ケツ揉みすぎ・・・っ・・・」
「先輩、可愛いっす」
「うるせえっ・・・・・・っぁ・・・」
デニムのファスナーを下ろす。黒のボクサーショーツの布を押し上げて、先輩のそこは硬く熱くなっていた。
足の履き口から指を差し込んで、直接触れる。
「ん・・・っ・・・あ・・・」
「いいですか・・・・・舐めても」
「・・・っ・・・だから聞くなっ・・・てっ・・・」
先輩の声で、一気に熱量が上がった。躊躇なくデニムとボクサーショーツを引き下ろし、俺は先輩のものを口に含んだ。
先輩の足が震えている。太腿を左右に押し開いて、俺は丁寧にそこを愛撫した。
「・・・ぁっ・・・也・・・っん・・・うぁ・・・」
感じる先輩を見ながら、俺自身も徐々に堪えられなくなっていく。
そっと後ろに手を伸ばして、おそらく誰にも触れられたことのない場所に指先を添えると、びくん、と先輩の身体が躍った。
「先輩・・・・・・」
「・・・まさか・・・聞かねえよな。・・・・・・聞いたら承知しねえぞ」
「わかりました」
惚けた顔の先輩を見下ろしながら、指をゆっくりと滑り込ませた。
圧迫感に先輩の顔が歪む。
同時に前を口で愛でながら、俺はぎりぎりの理性で狭い入り口をくつろげた。時間をかけて広げていくと、先輩の声はどんどんうわずっていく。
「也・・・しつけえよ・・・・・・も・・・いいって・・・っ」
「でも、怪我しますから・・・」
「いいって言ってんだろ・・・っ・・・」
先輩は上半身を起こした。
にやりと笑って、俺の肩を引き寄せる。悪い顔をして、かすれた声で先輩は言った。
「来いよ、也」