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目を開けてみた。
すぐそこに居る。仁科先輩が眠っている。
もう一度目を閉じて、目を開けて、やっぱりそこに居ることを確認する。
うつ伏せで寝息を立てる先輩の睫は、男性にしては長くて濃い。起こさないように気をつけて、その寝顔をよく観察する。
薄く開いた唇の横に、小さなほくろがあった。今までも何度も近づいたはずなのに、気づかなかった。
仁科先輩は、今夜、初めてその身体に男を受け入れた。
力づくで立場を逆転することだってできたはずだ。
どう考えても先輩の方が経験豊富だし、俺なんかに身体を開くのは勇気がいるに違いない。
よくは分からないが、最初はものすごく身体に負担がかかるらしい。
ふと、つい30分前の事が思い出される。
「・・・んうっ・・・・ぐ・・・」
「せ、先輩、やっぱやめましょうか」
「うるせ・・・っ・・・だいじょ・・・ぶだって・・・言ってんだろ・・・」
「や、でも、苦しそうですし・・・」
「いいから・・・・・・っ・・・今更、やめる・・・とかっ・・・んっ・・・」
「でもっ」
「お前男だろ!ごちゃごちゃ言ってねえでさっさと突っ込め!」
「は、は、はいぃっ!」
ロマンチックな初夜なんかではなかったが、俺と仁科先輩の関係を考えると、実に「らしい」と思う。
いつか、このひとを満足させてあげられるようになるのだろうか。
最中、名前を呼ぶ余裕もなかった。
なりひと、と甘い声で呼ばれるのを想像していた。
俺はそっと、眠る仁科先輩の唇を指先で触れた。
柔らかくて、温かい。
「・・・・・ん・・・」
仁科先輩の唇が開いて、ぱくん、と俺の指先を食べた。
「わっ」
慌てて引こうとしたら、手首を掴まれた。寝呆けているのに力が強い。
「・・・朝か・・・?」
「ま、まだ夜中です、すみません」
「・・・ん・・・」
先輩はごろんと寝返りを打った。仰向けになって、ぼんやり天井を見上げている。
「寝れねえのか」
「いえ、あの・・・見てました、寝顔を」
「・・・なんだそれ」
先輩はあはは、と笑って大きく伸びをした。
「あの、先輩、身体、だいじょぶすか」
「あ?身体?・・・・・・ああ、ケツか」
「ケっ・・・・・・」
「ま、痛えけど。そのうち慣れんだろ」
そのうち。
そのうちって言った。
次があるんだと思って、不覚にも泣きそうになった。
「すいません・・・あの俺、薬とか、塗りましょうか」
「ばか、んなもん自分で塗るわ!恥ずかしいこと言うな!」
仁科先輩の腕が伸びてきて、俺のウエストの肉をギュッとつままれる。めちゃめちゃ笑いながら、2人で転がり回った。
先輩は俺の上に覆い被さってきた。脱力した身体は重く、熱い。
「也仁」
「・・・はい」
「ありがとな」
「・・・・・・・なにがですか」
「なんとなく」
「それ、こっちの台詞っすよ。・・・・・・あの、先輩」
「あ?」
「好きです。めちゃめちゃ、好きです」
仁科先輩は、俺の目を見てにやりと笑った。
「なんで今?」
「言っておきたくて」
「知ってたけど」
「好きです」
「わかったって」
「好きなんです」
「やっぱお前、可愛いわ」
「あの俺、ちゃんと、巧く出来るように頑張るんでっ」
「なんだ、セックスの話かよ」
「だって痛いだけじゃ・・・申し訳ないし」
「・・・痛いだけじゃねえよ」
「え?」
先輩は、柔らかい唇を押しつけてきた。舌が割り込んで、なまめかしく絡みつく。
二人しかいない部屋の中で、先輩は小声で言った。
「ちゃんと・・・良かったから。心配すんな」
我慢していたのに。
俺は先輩の身体を反転させて、改めて唇を重ねた。
外は、空が白くなり始めていた。