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「クリスマスイベント?」
「也仁さん、戻ってきて初めてですもんね。毎年好評をいただいてるんです」
地域に根付いたホテルのささやかなクリスマスイベントを、町の住民は楽しみにしてくれているらしい。
24日のレストラン利用の客を対象に、赤い靴下型の入れ物にお菓子を詰めてプレゼントにしたり、宿泊客にはクリスマス仕様のノベルティを付けたりするそうだ。
「と、いうわけでこれ、也仁さんの分です」
そう言って差し出されたのは、サンタクロースの衣装。夏祭りに引き続き、俺はどうやらコスチューム要員らしい。
真っ赤な服に三角帽子と白い髭、白い大きな袋を持って、にわかサンタの俺はホテルに訪れた子供たちにアメ玉やチョコレートを配ることになった。
「サンタさーん、アメくださあい」
可愛らしい声で呼ばれて振り返ると、仁科先輩と仁科先輩のお姉さんに両手を繋がれた桃音ちゃんが、満面の笑みで立っていた。
「先輩・・・・・・」
俺はサンタクロースの格好をしているのも忘れ、先輩を呼んでしまった。が、桃音ちゃんがきらきらした瞳でアメを待っているのに気づいて、我に返った。
慌ててイチゴ味とレモン味のアメを袋の中からひとつかみして、メリークリスマス、と言いながら桃音ちゃんの差し出された両手に乗せた。
「ユキちゃん、イチゴのアメいっこあげるね」
「イチゴくれんの?桃音の好きなイチゴ、なくなっちゃうじゃん」
「いいの、ユキちゃんはトクベツ」
「トクベツかあ」
桃音ちゃんと仁科先輩の可愛らしい会話を聞いていると、先輩のお姉さんが俺に声をかけてきた。
「こんにちわ。由悠季の姉の泉美です」
「あ、ど、どうも、はじめまして」
初めて話す先輩のお姉さんは、近くで見ると先輩によく似ていた。仁科先輩はどちらかというと女顔で、それが原因でからかわれ学生時代は喧嘩になることが多かったというが、お姉さんは美人で先輩は格好よくて、とどのつまり整った顔の家系なんだと納得した。
桃音ちゃんに引っ張られて売店の方に行こうとした仁科先輩が、お姉さんと俺が話しているのに気づいた。
「泉美~、余計なこと言うなよ」
「はいはい、いいから桃音と遊んでて」
泉美さんはシッシッ、と先輩を手で追い払った。ちらりと俺を見た先輩は、またあとで、と言うように片手を挙げて売店の方に向かった。
「あの・・・・・・」
「一度、話してみたかったの。急にごめんなさい」
「いいえ・・・あの、先輩は俺のこと、なにか・・・」
「離婚のこと、聞いてる?」
ストレートに来て少し怯んだが、はい、と答えた。泉美さんは先輩と同じ顔で笑って、少し声を落として言った。
「由悠季って、めちゃめちゃ痩せ我慢するタイプでね。多分、わかってると思うけど」
「・・・・・・はい」
「気にしいだし・・・元ヤンのくせに傷つきやすいし、面倒臭いんだけど」
「・・・はい」
「也仁くん、だよね」
「はい」
「也仁くんのことはよく話すから、信用してるみたいなんだよね。それで、お願いがあるんだけど」
「お願い・・・ですか」
「あの子のこと、よろしくお願いします」
「えっ」
「不器用だけど、いい子だから」
「あの・・・」
ちょうどその時、遠くで桃音ちゃんがママぁ、と呼んだ。
「あ、ごめんなさい、呼んでる。じゃあ、また」
「あ、あのっ」
泉美さんは俺に軽く頭を下げ、桃音ちゃんの方に走っていった。
俺はサンタクロースの格好のまま、呆然と立ち尽くした。
あの子をよろしくお願いします。
まるでこれから結婚する娘を送り出すような言葉だった。
「おいエセサンタ、さぼんなや」
「わっ」
いきなり耳元で仁科先輩の声がして飛び上がった。
いつのまに隣に。俺はどれだけぼんやりしていたのか。
「ちゃんと働けよ~」
「働いてますよっ、なんですか、エセって」
「サンタさん、俺にもアメくださあい」
「これは子供さん限定ですっ」
「お願い、一個だけ」
先輩は顔の前で両手を合わせて、ばちん、とウインクしてきた。そんなことされたら、サンタさんは全部のアメをあげたくなってしまう。
「・・・内緒ですよ」
「やった」
「さっき桃音ちゃんからイチゴ味貰ってたじゃないですか」
「そうなんだよ、イチゴ甘いからレモンがいい」
「仕方ない大人ですね」
レモン味のアメ玉をひとつ、差し出されたてのひらに乗せると、先輩はすぐに包装紙を破いて口の中に放り込んだ。
頬を膨らませて、ころころとアメを転がしながら先輩は言った。
「泉美と、何話した?」
「えっと・・・」
「あいつ余計なこと言わなかった?」
「余計かどうかわかんないですけど・・・先輩のこと、よろしくって言われました」
先輩が一時停止した。
アメ玉をほおばったまま、じわっと先輩の顔が赤くなっていく。さすがのこの人でも、実の姉には弱いらしい。
「・・・っとに、あいつは・・・」
「お姉さん、知ってるんですか・・・その・・・」
「・・・何も言ってねえよ。昔からめっちゃ勘がいいから、気づいているかもしれないけど」
「ああ・・・じゃあ、気づいてる感じですね」
「・・・・・・ああ、そう・・・」
「先輩、あの」
泉美さんの話を利用して、俺は今日、先輩に会えたら言おうと思っていたことを切り出した。
「ん?」
「話したいことがあるんですけど、今夜、時間ありますか」
「あるけど・・・なんだよ改まって」
「俺の家に・・・来て貰っていいですか。19:00には終わるんで」
「わかった。飯は?」
「俺の家で食いましょう。先輩は手ぶらで来てください」
「・・・おう」
言えた。
先輩は何か感づいているような顔をしていたが、とりあえずはこれでいい。
自動ドアが開いて、親子連れが入ってきた。
俺はサンタクロースに戻って、白い袋をかついでアメを配りに向かった。