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「なあ、これ何」
「あ、それ、炭酸水作るやつです」
「マジ?ソーダ割りも出来んの?」
「出来ますよ」
「炭酸水買わなくていいじゃん」
「そうなんですよ、便利でしょ」
俺の荷物の中に入っている炭酸水メーカーを、仁科先輩は物珍しそうに見ている。
先輩と一緒に住むことになった7階の部屋は、以前のワンルームの3倍だった。俺の荷物が入っても、全然余裕の広さ。
大きめの寝室にはウォークインクローゼットまでついている。どちらもそんなに服を持っていないので、二人分の服を全部掛けてもスペースが余って、ちょっと面白かった。
「也、ちょっと手伝ってー」
「はいはいっ」
寝室で先輩が俺を呼んだ。
先輩は新調したキングサイズのベッドのシーツを広げて格闘していた。
「先輩、そういえば」
シーツの端を持って引っ張り合いながら、俺は気になっていたことを聞いた。
「ん?」
「前の部屋の一人用のベッドとかはどうしたんですか」
「ああ、あれな。桃音が大きくなったら使うって言って、泉美が持ってった」
「へええ・・・」
「泉美の今の旦那、すごい金持ちでさ、めっちゃでっかい豪邸住んでんの。だからベッドのひとつやふたつ、無駄にあっても困んねえんだよ」
「桃音ちゃん、お嬢様なんですね」
「そ。知ってる?あいつの着てるもの、俺らの服3着は買える額だぜ」
「うぇっ」
子供服が高いのは知っていたが、それほどとは。言われてみれば、泉美さんの持っていたバッグもブランド物だった気がする。
そんなことを喋っているうちに、シーツをセッティングし終わった。
枕はそれぞれ使って入るものを持ち寄るということで、先輩のはすでに置いてあった。隣に自分の枕を置こうとして、急激に恥ずかしくなった。
「・・・なに照れてんだよ、今更」
先輩に後ろ頭を小突かれる。そんなこと言ったって俺は恋人と同棲なんて、甘いこととは無縁な人生を過ごしてきたんだ。あなたは既婚者だったかもしれないけど。
「慣れてないんですよ、ずっと一人暮らしで」
「それに関しては俺は経験済みだからなあ」
「奥さんの他にも・・・誰かと暮らしたことあるんですか」
「それはねえよ。・・・弓以外は、お前がはじめて」
「・・・そうなんだ・・・」
聞いておいて、余計に恥ずかしさが増した。今まで恋愛でうまくいった試しがなかった俺は、いよいよ一番好きな人と暮らし始めることに、いまだにどう感情を整理していいかわからない。
「也仁さん、也仁さん」
悪い顔をして、先輩は俺を手招きした。ベッドに座れ、と手でマットレスを叩く。
隣に座るが早いか、俺は先輩にがっちり組み敷かれた。
「あ・・・あら?」
「一休みしようぜ」
「片づけは・・・」
「あとでいいだろ」
先輩は俺にのしっと覆い被さり、首の周りにいくつもキスをしてきた。
このポジションは・・・もしかして先輩、今日は逆をお望みですか。
「気が乗らねえ感じ?」
考え込んでいるのを気づかれた。そうじゃなくて。
「いえ、あの・・・もしかして、逆がいいのかなって思って・・・」
「逆?・・・ああ、俺、挿れたそうな顔してた?」
「い、いやその、ポジションが・・・」
俺の上で先輩はあははと笑った。そして、言った。
「・・・・・・いつものがいい」
「先輩・・・」
先輩は俺から離れて立ち上がった。ワイルドにセーターとTシャツをまとめて脱いで、もう一度俺の横に座った。
デニムのウエストを開けながら、先輩は熱っぽい視線で俺を見た。
「そろそろさ・・・それ、止めねえ?」
「それ?」
「名前で呼べよ。一緒に住むのに」
「あ・・・」
「好きに呼んでいいよ」
「よ、よし、ゆき、さん・・・とか?」
「・・・・・・・」
先輩が不機嫌になった。さんづけがまずかったらしい。だけど呼び捨ては無理。絶対。
「なんかしっくりこねえな」
「それは、もう少し待ってくださいよ・・・急には無理ですって」
「しょうがねえなあ」
俺はこの、「しょうがねえなあ」が大好きだ。
先輩の両手が俺の顔を捕らえる。耳の後ろをゆっくり、上から下に向かって撫でられ、ぞくぞくする。俺も先輩の首筋に指を這わせた。
「也仁・・・」
耳の端に歯を立てられる。じわじわと身体の奥から欲求が顔を出し始めた時、先輩がかすれた声で言った。
「なあ・・・・・・抱いてくれねえの・・・?」
「・・・ああもう!」
大きな声が出てしまった。
可愛い。
大好きだ。
この人がどうにもこうにも好きで仕方がない。
「ふぁ・・・っあ・・・」
先輩、もとい由悠季さんは、甘い声で喘いだ。真新しく広いベッドの真ん中で、せっかくきれいに敷きつめたシーツが引っ張られて皺を作る。
俺は由悠季さんの内腿にキスをしながら、ボクサーパンツの上から中心を撫で上げた。
布が愛液で滲み始めて、由悠季さんの足がむずむず動き出す。
「なり・・・ひと・・・っ・・・脱がせ・・・っ」
「まだ・・・駄目です・・・」
「う・・・っ・・・ぁあっ・・・」
布を押し上げて由悠季さんの中心が昴ぶっている。
焦らして焦らして、少しずつ布をずらして行って、時間をかけて脱がせた。反り返って天を仰ぐ性器は
先端がぬらりと光っている。透明な液が滴り落ちるそこを舌先で弄ぶと、由悠季さんの喉から絞り出したような低い声が溢れた。
「んぅ・・・あっん・・・ぁ・・・」
「こっちも・・・解しますよ・・・・・」
「はぁ・・・んっ・・・」
指をそっと差し込むと、びくん、と腰を浮かせて由悠季さんは仰け反った。由悠季さんの中は俺の指先に甘く絡みついて、きゅん、と締め付ける。
「ぅあぁ・・・・・・そこっ・・・ぉ・・・」
「めっちゃ締め付けてくる・・・」
「く・・・っ・・・んぁあ・・・」
中で俺の指が動く度、前からはとろりと先走りが滴り落ちる。俺を迎え入れる準備を万端にして、由悠季さんの中は俺の指を食べようとする。
ここに間もなく自分のものが入ると思うと、初めてでもないのに心臓の拍動が強くなる。
指を抜いて、肩で息をする由悠季さんの身体を引き寄せる。
俺は、顔を見て挿れるのが好きだが、由悠季さんは必ず横を向いて、俺から視線を外す。
一度聞いてみたら、挿れられている顔を見られたくないということで。
結局乱れに乱れて、俺にその色っぽい顔を見られることになるのはいつものことなのだが。
由悠季さんの腰を持って、ゆっくりと侵入した。
狭い壁を押しやって最奥までたどり着くと、動いてもいないのに、気持ちよすぎてイってしまいそうだった。
由悠季さんは圧迫感に熱い息を吐く。
「あ・・・・・・っは・・・」
「動き・・・ます・・・っ・・・」
由悠季さんを抱く度、俺はこの人の身体に溺れていく。
がむしゃらだった初めての時も、気持ちも身体も繋がった時も、一緒に暮らすことを決めたときも、その都度俺はこの人に魅了されていく。
東京から戻ってきた当初、刺激のない穏やかな毎日を覚悟した。
女性を愛せない自分には、この小さな町では恋人など望めないだろうと思っていた。
由悠季さんに再会するまでは。
もちろんここまでにいろいろなことがあったし、楽しいことばかりじゃなかった。傷ついたり、別れがあったり、壁は何枚もあった。
由悠季さんは優しすぎて、俺を気遣ってばかりいた。
本人は俺は情けない、ヘタレだって言い張るけど、そうじゃない。俺が同じ立場だったら、もっと動けなかったかもしれない。
生きづらさに抗う術なんて、俺一人じゃ見つけられなかったかもしれない。
高校の校舎裏で助けてくれた時から、由悠季さんは俺のヒーロー。
どんな表情も、どんな言葉も、俺にとっては宝物。
もう怖くない。誰にも何も言わせない。
「なり・・・あぁ・・・っん・・・イく・・・ぅっ・・・」
あなたが名前を呼ぶ度に、俺は強くなれる気がする。どんなに前途多難な道でも、俺たちは一人じゃないから。
心から愛する人。
人生の相棒を見つけた。
「よしゆきさん・・・っ・・・俺、もうっ・・・」
「抜くな・・・っ・・・あ・・・中に・・・っ・・・」
由悠季さんは痙攣しながら、大きく上半身を仰け反らせた。
俺はきつく締め上げられて、由悠季さんの中に吐き出した。
ぐったりした由悠季さんは仰向けのまま、俺に手を伸ばした。身体が小さく震え続けていた。まだイった感覚が抜け切れていないようだった。
俺の指をぎゅっと握って、由悠季さんは言った。
「也仁・・・・・ありがとな」
前にも由悠季さんはこう言った。その時は理由を聞いても、何に対してなのかは教えてくれなかった。
「・・・何がですか」
「俺を・・・選んでくれて・・・」
由悠季さんは微笑んでいた。俺は彼の手を握ったまま、下を向いた。
今度は俺が、泣く番だった。